吉田直樹がドラクエ10のディレクターをやっていた世界線!?FF11がなければDQ9とDQ10は生まれなかった──「ドラクエ10は自分の人生の代表作です」とまで言えるようになった藤澤仁が語るオンラインRPG誕生秘話。

2025/12/27放送された『FFXI』の記念サイト「WE ARE VANA’DIEL」の制作にも関わっている電撃の旅団のおしょう、ファミ通のオポネ菊池がMCとなって、ヴァナ・ディールでの冒険をサポートする番組の第14回!「ファイナルファンタジーXI A.M.A.N.とLIVE! 第14回」

今回のスペシャルゲストトークのゲストは、『ドラゴンクエストX オンライン』の初代ディレクターであり、現在は株式会社ストーリーノートの代表を務める藤澤仁さん。『FFXI』でのさまざまな冒険エピソードや、『ドラゴンクエストX オンライン』を開発するうえで参考にした点などをうかがいます。

 

41:56~

 

DQ7のシナリオスタッフとして初めてドラクエに関わり、DQ9やDQ10(ver.1)のディレクターも担当している。2018年にスクエニを退社し、株式会社ストーリーノートを設立。

 

ドラクエ10について

 

 

 

オポネ菊池

最初はオンラインゲームの良さが分からなかったらしいですが。

そんな藤澤さんがドラクエ10オンラインのディレクターを務めることになったのでしょうか

昔のことで記憶も茫漠してるんですけども、DQ8が2004年に発売されて、ドラクエ8はフル3Dだったじゃないですか。その年にはもう既にFF11がサービスしていたし(サービス開始は2002年5月16日)

 

(FFのオンラインがあるならば)ドラクエのオンラインもあるんじゃないかってそういう雰囲気が社内に流れていた。

 

ドラクエの作品を一つ世に出したら「次はオンラインのドラクエを作らなきゃいけないな」と思ってはいた。それが今なんじゃないかって言う機運があった。

 

とはいえ、FF11もあるし、元々オンラインゲームを通ってこなかったので、やりたくない…と消極的な気持ちではあった。尻込みしてた。

 

のちのDQ10プロデューサーである齊藤陽介が「一緒にドラクエのオンラインゲーム作ろう」って声をかけてもらい、「いつかドラクエのオンラインゲームを作るんだったら自分が関わりたい」と思っていたので、決心しました。

藤澤仁

オポネ菊池

齊藤さんってちょっと人たらしというか周りの人を巻き込むのが上手な人じゃないですか。
そこは本当に丁寧にやってくれたなと思います。

もっと言うと、現在のショーランナーである安西崇やFF14の吉田直樹も巻き込んで「みんなで面白いオンラインゲーム作ろう」って雰囲気を作ってくれていた。良い環境の中でできたなと思っています。

藤澤仁

オポネ菊池

オンラインゲームの知識は乏しかったって仰ってましたが、ディレクターをやる上で、オンラインゲームの魅力を知らないといけないじゃないですか。

そこでFF11をプレイされたと聞きました。

なぜFF11だったんですか?

まぁスクエニ社員ですしw

 

ちょうどその時期に齊藤陽介がめっちゃFF11プレイしていて「じゃあみんなでやろうか」って流れになり触りどきではあった。

藤澤仁

オポネ菊池

実際はどういう感じで遊ばれていたんですか?
2004年11月27日にDQ8が発売されて翌年の前半…ちょうど「ファイナルファンタジーXI プロマシアの呪縛」が出たあとくらいに遊びました(初リリース日: 2004年9月21日)

 

プレイしてたと言っても…実は…3ヶ月くらいしかプレイしていなくて…なんで辞めたのか後述するとして…

 

当時は

・ウィンダス

・ヒューム

・ジョブ:モンク

・サポ:シーフ

藤澤仁

オポネ菊池

遊ばれた印象は?
正直に言っていいんですかね・・・あとで裏で殴られないですかねw

 

めちゃクセつよ!特にUIのクセが強い。

ドラクエに慣れていた身としては「マジか…」って感じで。。

外出ればすぐに殺されるし、人を楽しませる気がないゲームだな。

これは当時もう好きになれんなって、プレイした3ヶ月の間に2回投げ出している。

最初の1ヶ月で投げ出してからひたすら途方に暮れていた。

藤澤仁

オポネ菊池

ドラクエといえばメインコマンド6個にするのか、そこから増やすのか否か議論があるくらいUIシンプルですもんね

放送見てるコメントでも「そうだそうだ」って言ってるよ

藤澤仁

オポネ菊池

この放送を見てくれてる人たちはFF11の味方じゃないのかな?w

 

ドラクエの生みの親である堀井雄二さんもFF11を遊ばれていたようですが、一緒にプレイしたりFF11談義などはありましたか?

齊藤さんが仕切ってくれて「レベリングしましょう」って堀井さんたちみんなで遊んでましたよ。

 

堀井さんって未知なるものに対する対応力がめちゃくちゃ高い人でFF11の癖つよUIにもすぐ馴染んで、堀井さんは楽しんでた。

 

FF11の話もよくしていて「FF11って楽しんだけど遊びづらいよねー」ってことを頻りに話してた。でもいいなって思ったのはドラクエでも転職システムがあって、ジョブシステムがあって「サポートジョブってすごく良いシステムだよね」って話してて。

(メインジョブとは別のジョブを設定することで、そのジョブの能力を追加で使用できるようになるシステム。例えば、黒魔道士のサポートジョブに白魔道士を設定すると、回復魔法も使える黒魔道士になる)

 

これってある意味、ジョブシステムの完成系だなって。育成に立体感出ましたよね。

藤澤仁

オポネ菊池

サポジョブのせいでバランス調整大変だったんですもんね?(スタッフの問いかける)

おしょう

こういう組み合わせで強くなりたいから他のジョブ育てたりね

 

 

FF11で出会った人に助けられオンラインゲームの楽しさを知った

ドラクエ10をオンライン化することに反対派だったんです。

ドラクエはオンラインにするべきではない!って強く言ってたくらいで…。

それでもオンラインにすべきって人も多くいて。

とにかくFF11をやりなさい。って言われて。

FF11を2回投げ出して、「次また投げ出したらもう僕はドラクエ10オンラインには関わっていないんだろうな」って思うくらいの瀬戸際にいたんです。

そんな中、サルタバルタでクロウラを狩っていたんですね。

レベル低くて敵に追っかけられて殺されるんです。

誰か生き返してくれないかな〜と待ってもLv低いし誰も見向きもしてくれなくて決断。

 

もう〜〜やめた〜〜〜〜〜ドラクエ10も参加しない〜〜〜

誰かが勝手に作ればいいよそんなもん

 

…そう思った瞬間、心の中でスイッチが入りまして。

行けるところまで進んでみようと思い、サルタバルタの奥地へとどんどん進んでみたんですよ。

そしたら今度はエリア変わってゴブリンが追いかけてきたり、それを絶妙に避けながら行ったら、一瞬“オンラインゲームの神様”が微笑んでくれたのかマウラまで行けたんですよ。

わあ、船があるんだ。それじゃあちょうど片道分だけのお金を持っていたので、乗ってみようと。

 

クォン大陸の町セルビナに着いたら、お金もない。レベルも低い。完全に詰んでいる状態。

ちょうどその時期、海外版FF11がリリースされたくらいだったのかそのエリアにいた人たちってみんな日本語を喋っていなかったんですよ。

英語ばかりのチャット欄の中に、たまたま日本語でオープンチャットをしている人がいて。

何を思ったのか「すみません—」と話しかけてみたんです。これこれこういう事情で詰んでて助けてくれませんか?と。

「ごめん、これから友達と約束してるから」とあっけなくあしらわれて終わってしまった。

目的もなく呆然と30分くらいキャラを放置していたんです。そしたらさっきの人が帰ってきて「まだ困っていますか?」と話しかけてくれたんです。

「困ってます!」と返したら『じゃああと15分くらい待ってて』と言われて、そこからサポジョブ解放のクエスト全部手伝ってくれて、渡せるアイテム色々くれたりして、『楽しんでね』と言ってくれたんです。

 

その時に、感じたことが。

「これゲームか?」

なんだこれ。生まれて初めての体験で、その瞬間にオンラインゲームめっちゃ面白い!!!!!と感じたのが僕のエピソードです。

藤澤仁

おしょう

感動的じゃないですか
そこから得意じゃない英語を使って海外勢のプレイヤーとPT組んで一緒に遊んでたんで、そこからの3ヶ月間はよっぽど面白かったんだなって思います。

藤澤仁

オポネ菊池

大袈裟な話。その人と出会ってなければドラゴンクエストのオンラインゲームのディレクターやってない?
その時は、吉田直樹がドラクエ10のディレクターをやっている世界線だったハズです。

藤澤仁

オポネ菊池

ちょっとその人探してくれよwwwwwwww

おしょう

歴史を変えてくれた人ですよw

藤澤仁

もうお名前も忘れてしまったんですけども…

その人がいてくれたかどうかで全然違っていたなと思います。

オポネ菊池

全然違うドラゴンクエスト10があったかもしれないんだ
本当にいい思い出です。

藤澤仁

おしょう

「これはゲームなのか!?」っていう感情は当時FF11プレイしていた人みんな感じていたと思いますよ。

人と人とのやりとり。これまでに感じたことのない感覚。

オポネ菊池

(コメント見ながら)FF14でもその感情はないっすよねw

おしょう

新生もなかったねw

 

オポネ菊池

(そういった感動体験は)ゲーム側が用意したものじゃないですもんね
ゲームのシナリオで遊ぶってことが当たり前だった時代。

人と人が出会って物語が生まれる。っていう体験が初めてだったんですよ。

そもそもオンラインゲームやったことなかったから感動しました。

藤澤仁

オポネ菊池

当時、齊藤さんにはそのエピソード話されたりはしたんですか?
当時、夢中で話してたと思います。

藤澤仁

オンラインゲームなんて!って駄々を捏ねていた頃、ちょうど吉田直樹が転職してきた頃で。

2004年末頃、『ドラゴンクエスト オンライン』(後の『ドラゴンクエストX』)制作に伴い、齊藤陽介の招聘で翌2005年1月にスクウェア・エニックスに入社。その後ディレクターとして『ドラゴンクエスト モンスターバトルロード』シリーズに携わる。

『ドラゴンクエストX』ではチーフプランナーを務め、2007年末から2009年半ば頃まで一時離脱していたディレクターの藤澤仁の代理を務める。藤澤が復帰し業務が安定したところで、新規プロジェクト立ち上げのため『ドラクエX』プロジェクトから離脱。

2010年12月10日、『ファイナルファンタジーXIV』開発運営体制変更のため、田中弘道および河本信昭の両名に代わり同ソフトのプロデューサー兼ディレクターに就任。Wikiより

 

毎日僕の隣の席でオンラインゲームはこんなに面白いんだ!って話を…あの人トーク上手いじゃないですか。

毎日聞いてるうちに「面白そうかもー」と洗脳されていった。

だから吉田と安西さんとFF11で助けてくれた人…全員いなかったらこうはなってなかったと思う。

藤澤仁

オポネ菊池

じゃあそれだけオンラインゲームはしんどかったんだ。悩まれていたんですね

その時にようやくドラクエのオンラインゲームという高い壁を越えた。作りたいと思えた

藤澤仁

 

 

思い出深いアイテム

オポネ菊池

思い出深いアイテムがあるということで

クロスカウンター

みなさんから見たらどうなんですかね?

藤澤仁

おしょう

モンクがメインジョブじゃなかった人でも憧れでしたよ
当時2万ギルしか所持金なくて。

一日5000ギルくらいしか稼げなかった時代に300万ギルしましたからね。高い!って思って。

でも一度は装備してみたいなって思ってて。どこかの谷のマップで毎日ハチミツを集めていたんです。それを蜜蝋に変えて、バザーに出品して…という金策をしていました。

気づいたら2週間それだけしかやっていなかった。

それで日給1万ギルくらい稼いでて。

結果、高すぎて手にすることはできなかった憧れの思い出のアイテムです。

藤澤仁

オポネ菊池

ちょいちょいあったんですよね、圧倒的価値を誇るアイテム。
蜂を見つけては狩り、蜂蜜を手に入れては蜜蝋に変え、バザーに流す…BOTみたいでした。

たまにネームドモンスター(通常より強力で希少な、特定の時間や条件で出現する敵)を見つけては倒したら、近くにいた外国人がチャットで「ギルセラー!ギルセラー!」って業者に間違われていたくらい。すげえシャウトされて嫌なゲームだなぁ…って思った。

 

なので、クロスカウンターいまだに欲しいです。でも仕様変わっちゃったんですよね?

藤澤仁

オポネ菊池

多少の変更はありましたが、そこまで大きく変わったわけではなく、当時よりは入手しやすくなりました。
これを機にクロスカウンター入手できるまではFF11やろうかな

藤澤仁

オポネ菊池

藤澤さんが一生辞めないように入手難易度上げておいてくださいw

 

 

DQ9はFF11を参考にして作ったDQ3-2

オポネ菊池

FF11を経験してオンラインゲームに対しての考え方の変化について
オンラインゲームの走りの頃って世の中ではめちゃくちゃ印象の悪いゲームと言われてたの覚えていますか?“廃人”とか“ゲーム脳”とか

 

恥ずかしながら世論の声に自分も流されていたんですが、実際にやってみたら驚きとか、DQ8の時にもう半分ディレクターみたいな仕事をしていたので、ドラクエのスタッフになってから10年以上経っていた。

DQ8のバトルの責任者でもあったから、「RPGとは」という正しい考え方を持っていたはずなんだけど、そういう常識が全部破壊されるくらいFF11はバトルが面白かったですね。

途中から当時のスタッフとご飯行くとFF11の話しかしなくなっていた時期があった。本当毎日はやく家帰ってFF11やりたいなーって思ってたし、齊藤陽介から「1ヶ月会社来なくていいからFF11だけやってくれ」と言われたことがあって。で、本当に毎日FF11だけやってて、会社に行かなきゃいけない日が来たときに本当に会社行きたくねぇと思ってしまったほど。

自分ってこんなにもゲーム好きだったんだなって気付かされた。

当時、mixiのプロフィールに「好きなゲーム」の欄にFF11って書いてたくらい。

 

FF11は自分の概念を破壊してくれた素晴らしい出会いでした。

藤澤仁

オポネ菊池

そこから実際、ドラクエ10の開発に入ると思うんですけど、FF11を経験して参考になったところとかは?
いまだにオンラインゲームってFF11とDQ10しかやったことないんですよ。

FF11やって思ったのはどの部分を見ても厳しいよな〜って。UIしかり、レベリングしかり、金策しかり。

その辺りを丁寧に遊びやすくしてあげればいいんだろうなって思いながら実践したのがドラクエ10なんです。

FF11の“面白さの核”を知らなかったらMMORPG作れなかったと思うし、どこを参考にしたかと言われても難しくて「全部」。

 

FF11はバトルシステムが本当に面白くて。

実は同時期にDQ9の開発のディレクターも担当してて、一旦、DQ10の開発から離れていたんです。

この放送見てる人は分かってもらえると思うんですけど、ドラクエ9ってFF11ぽくないですか?

藤澤仁

おしょう

それっぽさは感じていましたよ!
実はその通りで、DQ9のシステムを作ってる時にFF11が脳裏にこびり付いていたから。

僕の中でドラクエ9を作る際のコンセプトがあって。

ドラクエ3-2を作ろうと思っていたんですよ。

DQ3って物語が素晴らしいけど、転職システムも素晴らしかったじゃないですか。

システムでずっと遊べるゲームがDQ3。それの最新作がDQ9だったんです。

 

だから転職システムをブラッシュアップするのに参考になったのがFF11だし、DQ9をめっちゃ遊んでくれた人がいて。それが松井さんだったんですけど。(松井聡彦:FF11の2代目プロデューサー)「家族みんなで遊んでます」って言っていただいて。

青山さん(青山公士:DQ10の2代目プロデューサー)を介して「藤澤さんとご飯を食べたい」と言ってくれて、松井さんたちとご飯を食べて、FF11を参考にしたゲームをFF11を作った人に遊んでくれて面白いと言ってくれたのがとても記憶に残っている。

藤澤仁

オポネ菊池

今日すごい神回ですね。ライター呼んでちゃんとネット記事書いてもらった方がいいんじゃw

 

 

ドラクエ10は自分の人生の代表作です

オポネ菊池

藤澤さんのnoteにこんな文章がありました。

「ドラクエ10は自分の人生の代表作です」

 

人生で最大とまで表現された意図は?

それはもう開発にかけてた時間がハンパじゃないですから。

これ言っちゃいけないんだけど、FFもすごいと思うけど、DQ10の開発期間も中々なんですよ。

 

それだけの時間を折れるわけでもなく挫折するわけでもなく、その時持ってた自分の資質とか気力とか全部を注ぎ込めたのがDQ10だった。それをできたのがとても幸せだった。

 

自分が離れてもう10年経っちゃいましたが、いまだに新パッケージがリリース予定だったり、後輩のみんなが作り続けてくれている作品に関われてのはとても幸せだなって思います。

藤澤仁

当時ってドラクエのスタッフが表に出ることってなくて。

藤澤仁

おしょう

堀井さんくらいですもんね

藤澤仁

僕らスタッフは「堀井さんをかっこよくさせたい」って思いで作ってたわけで、自分が表に出ることなんて考えてもなかった。

 

DQ10の時って開発ディレクターでもありながら、リリースして1年半くらいまでは運営プロデューサーもやっていたんですよ。

 

運営側になると自分も出役として表に立たなきゃいけなくて。最初は喋るのも嫌だし、今はよくしゃべりますけどw当時は苦手だったし、どのオンラインゲームの最初って同じだと思うけど、つっかえつっかえでトラブルも多かった。

一生懸命やっていることと、ドラクエを心から愛してるっていことが伝わったのか途中から、冒険者の皆様から応援をもらえるようにもなった。

視聴者の中にも当時遊んでくれていた人もいると思うけど、そういうことがあったから今でも「藤澤さん!」って声をかけてくれることもあるし、藤澤個人を認識されるくらいになれたのは、それをやっていたおかげかな。

 

それも込みで「ドラクエ10は自分の人生の代表作です」と表現しています。

オポネ菊池

藤澤さんゲストってことでDQ10プレイヤーの方も見てくれているのかな?あーいますね

おしょう

一つのゲームの番組で二つのオンラインゲームの交流の場になってるw
もうねドラクエ10のアカウントでFF11も遊べるようにしちゃえばいいんですよ

藤澤仁

 

 

相撲システムは叡智の結晶

オポネ菊池

今日藤澤さんのトーク聞いてどうでしたか?

藤戸洋司FF11 PD

正直に言っていただいてありがとうございます…w

FF11自体も、海外でMMORPGが流行っていて、それがまた難解な作りになっているのをどうコンシューマーに落とし込むか、スタートした作品なので。

それを参考にさらに珠玉の作品が生まれたことに喜びを感じます。(DQ10発売時点でFF11は運営して10周年経過)“素材として”生き残ってきたってのもありますし、今だに続けていけていることが、藤澤さんが言ってたコアの部分、FF11のコアはすごくデカくて切り取るのは難しい。「オフライン版のFF11作ってもつまらないです」って時々言ってるんですけど、コアが乗らないんですよ自分の頭の中に。

DQ10もオフライン版がリリースされて、スタッフの方々はそこのコアの部分にとても苦労されたんじゃないかって思うんですよ。

それを形にできたのは素晴らしいことだと思います。

オポネ菊池

オフライン版DQ10は少し遊んだんですけど、藤澤さんのトークを聞いてオンライン版DQ10気になってきました。

おしょう

バージョン1の頃はドワーフで遊んでたんで、そのキャラを蘇らせる時がきたかって感じです

オポネ菊池

いま80%オフセール中ですからw

 

FF11やってて感動したのが、6人PTで前衛・中衛・後衛があるじゃないですか。タンクが挑発して敵のヘイトコントロールをするってそのシステムに感動して。

ただ、一個だけ何でなんだろう???と疑問に思ったのが、なんで敵を体で止められないんだろう。

それをDQ10でなんとか実装できないかって試行錯誤をそれだけで何年かかかった。

藤澤仁

藤戸洋司FF11 PD

本当は組み技みたいなのができたらいいなとは思ってた。

当たり判定って通信すると絶対ラグが発生するから。

あれ実はクライアントのマジックで、一応引っかかるようにできてるじゃないですか。

あれの仕組みや大変さを理解できてなくて、その引っ掛かりを利用して相撲システム実装したらいいじゃん!って無知が故の子供っぽい発言をして青山さんたちを困らせていましたw

藤澤仁

オポネ菊池

その辺苦労された?
ドラクエ10の敵とキャラの干渉システムはもっと評価されてもいいと思ってる。

当時の開発チームの叡智の結晶。

FF11プレイされている方で、DQ10未プレイの人はぜひ体験してみてほしいです。

藤澤仁

オポネ菊池

当時松井さんでしたっけ?やろうと思ったけど、そう簡単に技術的に実装できるものじゃないって。

それでDQ10がそのシステム実装するって聞いて「本気か!?」と驚かれていたのは。

この干渉システム。スタッフ全員反対していましたからねw

藤澤仁

藤戸洋司FF11 PD

FF11では敵と重なって埋まっちゃう問題とかすごく苦労して開発された

 

 

新作ゲーム紹介

オポネ菊池

最近の活動は?
ストーリーノートという会社を立ち上げて、現在はインディーゲームも開発中です。

心療タイピング型アドベンチャーゲーム「ペインペインゴーアウェイ!」

少女の心を蝕む“トラウマ”を打ち消す心療タイピング型アドベンチャーゲーム。

タイピングのスピードだけではなく、時には正確性や物語の推理力なども求められます。

Steam限定で、発売は2026年春ですが、体験版を配信中です!

藤澤仁

 

 

エルおじ

DQ10のディレクター時代には聞けなかった開発裏話。特にFF11を遊んでいたときのエピソードは面白かったですね。

私もDQ10が初めてのMMORPGでしたが、知らない人との交流や協力、助け合いをした時には、今までのゲームでは味わったことのない感動を覚えた思い出があります。

 

一番最初にフレンドになった人のことを今でも思い出します。

他愛もない話をチャット打ちながら、レベル上げしてるだけで楽しかったあの日々。

でもある時からパタっとログインしなくなってしまいました。

連絡先も当然知らないしゲームログインしなきゃもう会えない。相手の事情も分からない関係です。

そんなある秋。ログインしなくなってから1年以上経過した日です。

そのフレンドさんからの手紙がゲーム内に届きました。

レベリングをやめて急いで郵便屋さんへ行き手紙を読んでみると事故で入院していたこと。後遺症が残ってしまったこと。ゲーム自体することが難しいという内容でした。

すぐにお返事の手紙を送ろうとしたんですが、フレンドさんの郵便がいっぱいだったようで手紙を送れませんでした。

それがフレンドさんとの最後の交流でした。

 

楽しい思い出も悲しい思い出もたくさん経験させてくれたドラクエ10の感謝。

 

 

 

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16 COMMENTS

匿名

ロンフォールからジュノに着くまでって
本当に冒険だったよな
あんな気持ちは二度と味わえないのが残念

返信する
匿名

DQ10 もver1.0はMMORPGらしさがあったんだよ。
リッキーが破壊したけど。

返信する
匿名

まじで移動干渉システムはもっと評価されてもいいと思う
これがなかったらDQ10はドラクエIPってだけのごく平凡なMMORPGになってた

返信する
匿名

吉田がFF14へ行かなかったらDQ10が覇権MMOになってたかもしれないんだよね

返信する
匿名

DQ10最初はオンラインが怖かった(勇気出してやり始めた頃には1.1になってた)が、
今では思い切って飛び込んで良かったと思ってる

返信する
匿名

吉田だったら今頃ツールチートを使うのが当たり前でありがとうだった

返信する
匿名

なんだ?ドラテン最終回か?KOKIAのありがとうでも流しとくか?

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